ライブ授業とオンライン授業

 コロナ禍において、テレワーク・オンライン授業などがキーワードになっています。人と人が対面できない状態でコミュニケーションしなければならないときの手段に関する言葉です。

  テレワークやオンライン授業がリアルではないときには、面と向かって仕事をする方がいいとか、授業はライブじゃないと手元を見た授業ができないなど、「生」「ライブ」が本来の姿であり、「オンライン」「ネット」は代用品であると、提供する側も提供される側も思っていました。しかし、実際にオンライン授業をしたり、テレワークで仕事をしてみると、代用品と考えていたのは誤りだったことに気づきます。代用品ではなく別の手段と考えた方がよいのです。現段階ではまだ今までのやり方に私たちが慣れているため、ネットを使った方法に違和感があるだけなのです。テレワークやオンライン授業に慣れてくると、それぞれの長所・短所が分かってくるのではないでしょうか。

 わかりやすい例が、演劇と映画の関係が挙げられます。映画が誕生したころ、演劇はすでに人々の生活の中に溶け込み、芸術としても認められていました。そこに映写機という機械を介した、見世物の様な映画が登場したのです。ほとんどの人たちが、演劇の様なエンターテイメントとしても芸術作品としても認めなかったのです。いや、それ以前に演劇と比較することすらしなかったのではないでしょうか。しかし、映画が生まれて120年経った今となっては、映画を見世物と感じる人の方が少ないと思います。

 演劇と映画の比較は多くの研究者や団体でなされているので、私の浅学菲才の身では多くを語れませんが、どちらもエンターテイメントとしても芸術としても同等に受け入れているのではないでしょうか。ただ、違う種類の表現手段というだけです。リアルな空気感や時間を共有している感覚は演劇に軍配が上がりますが、現実にない視覚表現や、自由な時間移動、再現性などは映画の得意とするところです。

 そこで、コロナ禍における新しいコミュニケーション手段についても同様のことが言えるのではないでしょうか。例えば個別授業は濃厚接触にあたるので、緊急事態宣言下ではオンライン授業に変更しました。否応のない選択でしたが、対面式の授業とオンライン授業の得意不得意を学習する良い経験となりました。緊急事態解除後は元に戻して対面式を望む方もいらっしゃる反面、オンライン授業を継続したいと望む方もいらっしゃるのではないでしょうか。先ほどの演劇と映画の例を思い出してください。このコロナ禍で新しい手段が後ろの席から最前列に呼び出されたのです。今は目新しくて面白いだけのオンライン授業であっても、ライブ授業にはない新しい特長がきっとあるに違いないのです。私たちは、ライブ授業を愛していますが、オンライン授業を幼稚でライブ授業にはかなわないコンテンツと食わず嫌いをしないところから始めればと、古く居心地の良いライブ授業にすがりつきたい気持ちに鞭打ってWebカメラとにらめっこしています。

(英語村 村長)